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COLOSSEUM II

1 BACK ON THE STREETS 1978年。ゲイリー・ムーアとして最初のアルバム。8曲のうちコロシアムIIのようなインスト曲が3曲。ボーカルはゲイリー・ムーアとシン・リジーのフィル・ライノット、ベースとキーボードはコロシアムII、ドラムはサイモン・フィリップス。アルバムとして統一性はなく、レパートリーをそのままレコードにした感じ。「パリの散歩道」はヒット。
2 G FORCE/G FORCE 1980年。新たに組んだ4人編成のバンド。キーボードは不在、専任ボーカルがいる。ストリングスやサックスも入っているが、ほぼ全曲がハードロックで、英米でヒットしそうな質の高い曲が続く。日本では当時発売されなかった。
3 CORRIDORS OF POWER 1982年。ゲイリー・ムーアがボーカルを兼任。ベースはコロシアムIIのニール・マーレイ、ドラムはディープ・パープルのイアン・ペイス。ゲイリー・ムーアの個性が強く出た最初のアルバム。ギター・ヒーローのような、奔放に弾く部分が多くある。「ウィッシング・ウェル」はフリーのカバー。ゲイリー・ムーアのボーカルも相当の実力。
  LIVE/GARY MOORE&HIS FRIENDS 1983年。「G・フォース」を発表した後、メンバーを入れ替えてライブ録音。キーボードはドン・エイリー、ドラムはトミー・アルドリッチ。ジャケットは1990年に初CD化されたときの写真。「組曲サンセット〜パリの散歩道」はゲイリー・ムーアがソロに近い演奏をする。「ダラス・ウォーヘッド」はトミー・アルドリッチのドラムソロ入り。
    ROCKIN' EVERY NIGHT 1983年。当初日本のみで発売されたライブ盤。日本公演。
4 DIRTY FINGERS 1983年。レコーディングは1981年。後にヴィクトリーのメンバーになるチャーリー・ハーンがボーカル、レインボウのドン・エイリーがキーボード、ジミー・ベインがベース、ドラムがトミー・アルドリッチ。アニマルズの「悲しき願い」のカバー以外はすべてゲイリー・ムーアが単独で作曲。G・フォースを上回る高い品質。世界中で受け入れられそうな普遍的メロディー。オープニング曲は「ヒロシマ」。
5 VICTIMS OF THE FUTURE 1984年。ボーカル兼ギターのゲイリー・ムーア以外は曲ごとにレコーディングメンバーが異なり、ソロアルバムの度合いが強くなっている。「シェイプス・オブ・シングス」はヤードバーズのカバー。ベースはゲイリー・ムーアのほか、ボブ・ディズリー、ニール・マーレイ、モ・フォスター、ドラムはディープ・パープルのイアン・ペイス、キーボードにニール・カーター等が参加。「エンプティー・ルーム」収録。
    WE WANT MOORE! 1984年。ライブ盤。日本での発売は1986年。
6 RUN FOR COVER 1985年。前作と同様、曲ごとに録音メンバーが異なるが、今回はプロデューサーまで異なる。ボーカルはゲイリー・ムーア、シン・リジーのフィル・ライノット、ディープ・パープルのグレン・ヒューズ。アメリカでハードロックが全盛期を迎えており、サウンドもキーボードを要所で装飾的に使用している。ドラムのエコーも深い。ボー・ヒルやマイク・ストーンがプロデュースに関わっている。「アウト・イン・ザ・フィールズ」収録。
7 WILD FRONTIER 1987年。アイルランドの民謡風サウンドを取り入れ、サウンドも前作より人工的に聞こえる。オープニング曲の「オーバー・ザ・ヒルズ・アンド・ファー・アウェイ」から早くもサウンドの違いを感じることができる。イージービーツの「フライデイ・オン・ザイ・マインド」のカバーはロックの生々しさが失われるほどだ。チーフタンズのイーリアン・パイプ奏者が参加。「クライング・イン・ザ・シャドウズ」は本田美奈子に提供した曲。
8 AFTER THE WAR 1989年。前作と同路線。コージー・パウエルがドラム。ゲスト参加が豪華。「レッド・クローンズ」でオジー・オズボーンが参加。マンフレッド・マンズ・アース・バンドのクリス・トンプソン、アディエマスのミリアム・ストックリー、シスターズ・オブ・マーシーのアンドリュー・エルドリッチ、サイモン・フィリップス、ドン・エイリー、ブラック・サバスのローレンス・コットル等も参加。ややサウンドがロックらしくなり、ハードな曲もよい。特に「スピーク・フォー・ユアセルフ」「ブラッド・オブ・エメラルズ」はすばらしい。エメラルドはアイルランドの愛称。「メシアは再び」はロイ・ブキャナンのカバー。「レッド・クローンズ」はレッド・ツェッペリンに似たサウンドを持つキングダム・カムを批判した曲。ゲイリー・ムーアはキャリアも年齢も知名度もキングダム・カムより上なので、子供じみたことをしている例として個人的評価はとても低い。
9 STILL GOT THE BLUES 1990年。80年代のハードロック時代が終わり、90年代はブルース・ロック時代になる。13曲のうち8曲は他人のカバー。ホーン・セクションもキーボードも入るので、シカゴ・ブルースに近い。ブルースと言うよりはブルース・ロック。
  MORE STILL GOT THE BLUES 1990年。シングル。5曲のうち4曲はアルバム未収録。2曲はカバー。
10 AFTER HOURS 1992年。前作に続きブルース・ロック。12曲のうちカバーが4曲。ギターのサウンドや曲そのものはブルースかもしれないが、ボーカルは泥臭さがなく、洗練されすぎている。泥臭さがないところがかえって新しいのかもしれない。女性コーラスをもっと活用したほうがいい。
    BLUES ALIVE 1993年。ブルース期のライブ。
  AROUND THE NEXT DREAM/BBM 1994年。邦題「白昼夢」。ジンジャー・ベイカーとジャック・ブルースと共演。2人ともクリームのメンバー。クリームはロックで最初にリフを作り出したこと、スタジオ盤とライブで異なる演奏を当初から標榜したこと、即興演奏を売りにして曲の長大化を促したことが歴史上の主な功績だ。これらはいずれもエリック・クラプトンの能力によるところが大きく、残りの2人は運良くクリームに在籍していたというだけだ。仮にギターがエリック・クラプトンで、クリームが再結成したとしても再び歴史を変えるような音を期待できないのに、ゲイリー・ムーアではさらに聞く意欲を失う。ゲイリー・ムーアにとっては、30年近く前のクリームと比較されて受けるであろう厳しい評価よりも、個人的な心の快楽を優先したと言える。サウンドはブルース・ロック。曲はとりたてて悪いということはないが、それではこのメンバーでやる意味がない。「輝きの日々」はいい曲。
    BALLADS&BLUES 1994年。ブルースとバラードのベスト盤。
11 BLUES FOR GREENY 1995年。フリートウッド・マックのギター、ピーター・グリーンへのトリビュート盤。「スティル・ゴット・ザ・ブルース」や「アフター・アワーズ」よりシンプルなサウンド。
12 DARK DAYS IN PARADISE 1997年。「ワイルド・フロンティア」以来、久しぶりにサウンド技術に凝ったアルバム。ゲイリー・ムーアとしては新境地かもしれないが、ロック全体から見れば特に新しいことをしているわけではない。「オールウェイズ・ゼア・フォー・ユー」のようなドラムン・ベースのサウンドが全体を支配しているわけではなく、「ライク・エンジェルス」は普通のロック・バラード。ただ、多くの曲でドラムやベースの音が人工的に重く低く、ボーカルも一部エフェクトをかけられており、明るい雰囲気の曲はない。音そのものではなく、音の傾向は流行に乗っている。もちろん曲としていい曲もある。
13 A DIFFERENT BEAT 1999年。前作よりもさらに人工的なリズムだが、今回はハードな曲も入っており、前半はロックとして聞ける。「ブリング・マイ・ベイビー・バック」はスクラッチも入っている。しかし、後半になるとまじめに聞くのが厳しくなる。「ファイア」はジミ・ヘンドリクスのカバー。
14 BACK TO THE BLUES 2001年。再びブルース・ロックのアルバム。10曲のうち4曲がカバー。ブルースを好んで聞かないような人でも知っている有名曲もカバーしている。「ストーミー・マンデイ」はティー・ボーン・ウォーカーの「コール・イット・ストーミー・マンデイ」のことだと思われる。いわゆる「スト・マン進行」と呼ばれるコード進行のもとになった曲。
15 SCARS 2002年。スカーズとはゲイリー・ムーアを含むトリオバンドの名前。ブームが過ぎ去ったオルタナティブ・ロックを開き直ったようにやっている。かつてハードロック・ブームのときはハードロックを、ブルース・ブームのときはブルースをやって、それぞれ時代の先頭を行っていたと言えるが、「ダーク・デイズ・イン・パラダイス」以降はゲイリー・ムーアの名前が時代遅れになり、「バック・トゥ・ザ・ブルース」以降はサウンドまでも時代遅れになってしまった。
    LIVE AT THE MONSTERS OF ROCK 2003年。ライブ盤。
16   POWER OF THE BLUES 2004年。

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